大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)5477号 判決

原告 裴達生

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の申立て)

一  原告の申立て

「被告は、原告に対し、金一一〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年七月八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告の申立て

主文同旨の判決および担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

(原告の主張)

一  請求原因

1  東京地方裁判所刑事第一八部は、昭和三八年三月二七日、たばこ専売法違反被告事件(いわゆるパチンコの景品たばこの再売却事件)において、「被告人は、日本専売公社(以下、公社と略称する。)より指定を受けた製造たばこの小売人ではないのに、年令五〇才位の韓国人某女と製造たばこを転売して利得することを共謀したうえ、被告人において、昭和三七年一月一七日頃、東京都台東区入谷二九四番地所在、台東運輸株式会社発送荷物置場において、群馬県および千葉県方面に販売のため発送すべく、右公社の製造たばこ、「ピース」一〇本入六、〇〇〇個および「いこい」二〇本入三、〇〇〇個を梱包荷造りして所持し、以つて、その販売の準備をしたものである。」との公訴事実につき、原告の右所為がたばこ専売法二九条二項、七一条五号の規定する罪に該当するとして、原告に対し、「被告人を懲役四月に処する。但し、本裁判確定の日より三年間、右刑の執行を猶予する。日本専売公社東京地方局長高橋時男の保管にかかる製造たばこ「ピース」一〇本入六、〇〇〇個および「いこい」二〇本入三、〇〇〇個を没収する。」旨の判決を言い渡した。

2  原告は、右判決を不服として控訴したが、東京高等裁判所第七刑事部は、昭和三八年七月一五日、原告に対し、「本件控訴はこれを棄却する。」との判決をした。

3  そこで、原告は、右控訴審の判決がたばこ専売法二九条二項および七一条五号の解釈適用を誤つたもので、憲法三一条、二九条一項に違反するものであることその他を理由として上告したところ、最高裁判所第二小法廷は、昭和三九年九月九日、「右の上告理由は違憲(三一条、二九条一項)をいうが、その実質は単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にはあたらず、公社または指定小売人でない者が、反覆継続する意図のもとに製造たばこを他に販売する行為がたばこ専売法二九条二項に違反するものであることは、当裁判所の判例とするところであつて、(昭和三三年(あ)第一、二六五号、同三五年六月二三日第一小法廷判決、昭和三七年(あ)第四一〇号、同三七年九月一三日第一法廷判決)、右判例は、いまなお、これを変更するの要をみない。」ことその他を理由とし、また、「記録を調べても刑事訴訟法四一一条を適用すべきものとは認められない。」として上告を棄却する旨の決定をした(最高裁判所昭和三八年(あ)第二、二〇四号、「以下本件決定」という。)。

4  しかし、本件決定は故意または過失に基づく違法なものである。

たばこ専売制度は国の財政収入の増加のみを目的とする純然たる財政専売であるから、酒類などに課せられる消費税の賦課と同様の性質のものであり、したがつて、たばこ専売法によつて規律され、同法違反として処罰される行為は、たばこ専売を財政専売として規定している右の趣旨に照し、国の専売益金の増加をさまたげる行為に限定されると解すべきものである。それ故、パチンコの景品なるものは、一旦指定小売人から正規に売り渡されたもので、専売益金の収納という、たばこ専売による財政上の目的はすでに充足され、専売貨物としての統制を離脱した単純な商品として自由に売買取引の客体となしうるものというべきであり、これをその後に再売却したからといつて、国の財政収入に影響をおよぼすはずもなく、当該販売行為には違法性はないといわねばならない。このように、前記の公訴事実は、たばこ専売法二九条二項、七一条五号の規定する罪に該当せず、刑事訴訟法三三六条の「被告事件が罪とならないとき」にあたるものであるから、最高裁判所第二小法廷は、前記控訴審の判決を憲法三一条および二九条一項に違反するとして破棄すべきが当然であつたのにかかわらず、同第二小法廷の裁判官らは、故意または過失によりかかる明白な理を理解せず、前記のとおり、違法に原告の上告を棄却する旨の本件決定をしたのである。

5  かくて、本件決定により、昭和三九年九月一四日、原告に対する有罪判決が確定し、これにより、原告は、製造たばこ「ピース」一〇本入六、〇〇〇個および「いこい」二〇本入三、〇〇〇個を違法に没収され、合計金三一〇、〇〇〇円相当の財産的損害を蒙つたばかりでなく、金一、〇〇〇、〇〇〇円相当の精神的損害を受けた。

6  よつて、原告は、被告に対し、右損害の賠償を請求する権利があるが、本訴においては、右財産的損害のうち金一一〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四〇年七月八日より支払いずみにいたるまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告の主張に対する反論

すでに確定した刑事裁判の違法を主張して、他の訴訟手続において、その取消し又は、変更を求めたり、刑事責任自体の存在を争うことができないのは当然であり、本件決定が異議申立期間の経過により確定しもはや無罪を主張することはできないことはこれを認めるが、本件において原告は右裁判を違法として国家賠償法に基づき損害の賠償を請求するにほかならないのであるから、本件決定の違法を主張することを妨げられるいわれはない。

(被告の主張)

一  答弁

請求原因事実のうち、第一ないし第三項の事実、第四項は争う。第五項の事実のうち、本件決定が昭和三九年九月一四日確定したとの点は認めるが、その余の事実は否認する。

原告主張の本件決定は、昭和三九年九月一一日原告宅に送達されたが、これに対して刑事訴訟法四一四条、三八六条二項、三八五条二項、四二二条に定める期間(裁判告知の日より三日)内に異議申立てがなされなかつたので、右裁判は同月一四日に確定したものである。

なお、右期間の経過後に至り、弁護人岡部勇二より、本件決定に対する異議申立てがあつたが、その申立ては同月二六日第二小法廷において申立期間徒過の理由により棄却されており、また、同弁護人より、本件決定に対し再審の申立てもなされたが、右申立ても同小法廷において、同年一〇月三一日棄却されている。

二  法律上の主張

1  本件決定の違法を本件民事訴訟で争うことはできない。

(一) 本件決定の違法はその決定に対する不服申立ての手続によるほかこれを争うことができない。

すなわち、終局の実体的裁判は、国家と私人間又は私人と私人間の具体的社会生活関係について、これに対する法的規律の内容が具体的にいかなるものであるかを公権的に判断確定し、以後これをもつてその社会生活関係の基準とするものであつて、その裁判をするについては、法の理想に従つて、そのための訴訟手続とこれに関与し主張立証をなすべき者とが定められ、また、右判断の適正を期するためには、その目的に相応する一定の不服申立ての手続が認められている。したがつて右判断がなされた場合に、これを違法として争おうとする者はもつぱらその訴訟手続において認められる不服申立ての方法すなわち上訴の手続によるべきものであつて、その上訴の手続が既に尽くされた場合もしくは当事者が上訴権を失つた場合又はその裁判自体に対してもともと上訴の道のない場合にあつては、その裁判の違法でないことがそこで終局的に確定するものであつて、再審ないし非常上告によつてその原裁判が変更されるのでないかぎり、当該訴訟の当事者は別に民事訴訟を提起することによつて原裁判の違法を主張することを許されないというべきである。けだし、右に述べたように、終局の実体的裁判はこれによつて紛争につき公権的に終局的解決を与えるものであるから、それが確定したときは、その性質および法的安定の見地上、その判断内容は当然不可争的でなければならないものであつて、もし、他の民事訴訟でさきの裁判を再審査した上それが実体に適合しないものとしその裁判の結果である敗訴者の不利益を金銭賠償すべきものとするときは、確定裁判の所期した法的安定は全く没却されることになるからである。

(二) ことに、さきの裁判が有罪の確定裁判である場合に民事訴訟をもつてその当否を争うことができないのは明白である。

けだし、法は民事訴訟手続とは別個に刑事訴訟手続を設け、刑事責任の存否を確定する唯一の手続とし、その目的に適した訴訟構造、証拠法則等を定めており、したがつて、刑事責任の存在が刑事裁判によつて判定され、それが確定した以上、その犯罪事実が被告人の行為によるものではないこと、刑事判決にいたる手続の過程において憲法その他法規に違反する官憲の行為があること等を理由として、右刑事裁判の正当性を否定するには同じく刑事訴訟手続における再審あるいは非常上告の手段によるの外はなく、民事訴訟手続において右確定された刑事判決自体を覆すことはできないものといわなければならない。そうでなければ民事訴訟とは手続の目的、構造を異にする刑事訴訟手続の存在意義が失われまた法律生活の安定と訴訟経済とを害することになるからである。(民事訴訟において、刑事判決と異る事実認定をすることを妨げないということは古くから判例とされているところであるけれども-大審連判明治三四・四・三〇民録七輯一〇三頁、最高昭和三一・七・二〇民集一〇巻八号九四七頁-それは刑事責任とは別に民事的法律関係を論ずるにつき、その前提たる事実認定をする上の問題としてそういうことがいえるだけであつて、民事訴訟において刑事責任の有無を論じ、よつて確定した刑事判決の刑事責任についての判断そのものを違法とすることを許しているものではない。)

(三) 原告は本件民事訴訟において本件決定の違法を主張し、その理由とするところを論述しているが、それは要するに原告が無罪であるのに本件決定がこれを認めなかつたことを失当とし、それをもつて原告の損害の原因とするものである。

しかし、本件決定は、上告裁判所の上告棄却の決定であつて、前述のとおり、異議申立期間の徒過により不可争となつたものであり、その結果第一審の有罪判決が確定したものであるから、原告が本件民事訴訟において本件決定の違法を主張し、有罪の確定判決による損害の填補を求めることは許されないものといわなければならない。よつて、本件決定が違法であることを原因とする原告の本訴請求は、主張自体理由がない。

2  本件決定にはその決定に記載されているとおりなんら違法はない。

証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因第一ないし第三項の事実および本件決定が昭和三九年九月一四日異議申立期間の経過により確定し、よつて原告に対する有罪判決が確定するにいたつたことは、当事者間に争いがない。

二  ところで、原告の本訴請求は、本件決定に法令の解釈適用を誤つた違法があり、そのため確定した有罪判決により損害を蒙つたから、被告国に対し、国家賠償法一条一項に基づきその賠償を請求するというにあつて、裁判官の行う裁判の違法を常に国家賠償請求訴訟において主張することができることを前提(先決問題)とするものであるから、まず、この点について判断する。

国家賠償法一条一項は、(国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と一般的に規定していて、特に裁判官の行なう裁判(民事、刑事を含む。以下同じ。)を除外していないが、しかし、裁判官の行う裁判が違法であることを主張して国家賠償を請求する場合には、裁判制度の本質上、おのずから一定の限界があると解すべきである。けだし、国家は当該裁判が違法であると主張する者に対し、その訴訟手続内に控訴、上告等の不服申立て、さらに異議申立て、再審等を認めているが、その趣旨とするところは、もつぱら右の不服申立て等の手続によつてのみその裁判の適否を最終的に確定し他の訴訟手続においてこれを審判することを許さないというにあるべきであるからである。したがつて、明文の規定がなくても右の不服申立て等の手続によつて当該裁判が取消し又は破毀されその違法であることが確定した場合であれば格別、そうでない限り、国家賠償請求訴訟において当該裁判の違法を主張することはできないものと解するのが相当である。

三  そうすると、本件決定が異議申立てあるいは再審申立て等の手続で取消し、又は破毀されその違法であることが確定したとの主張、立証のない(かえつて本件決定が異議申立て期間の経過によつて確定したことは前示のとおりである。)原告の本訴請求は、その主張自体失当として排斥をまぬがれないものといわなければならない。

よつて、本件決定が違法であるか否かの判断およびその余の判断を省略して、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉 仙田富士夫 村上敬一)

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